この試験は準備が大変、何しろやり直しが効かない一発勝負だから失敗は許されない。
準備の模様を覗いて見よう。
▲▼ 鳥打ち込み機 ▼▲
これはいわば長い砲身を持った空気銃式の大砲である。圧搾空気のタンクを数基持ち、空気の力で弾になる鳥を撃ち出すのである。エンジン・インテークから砲身先端までの距離は忘れたがおおよそ二メートルくらいであったであろうか。位置決めするために試射を繰り返す。鳥で試射は出来ないので同等の重さのゼラチンを打っていた。砲身の前方に鉄板の的を設け試射するのである。
▲▼ 高速度カメラ ▼▲
この試験の証拠となるデータは高速カメラによる記録である。前述したが毎秒4,000コマの高速撮影で撮影しないと鳥が打ち込まれた瞬間が確認できないのである。通常の映画が毎秒16コマだから如何に高速かが判るであろう。それもあっという間の撮影なのである。高速で短時間の撮影だから打ち込みの瞬間と少しでも時間差があれば全くデータにならないので打ち込み機とのシーケンスが重要で調整には長い時間を掛けていたようだ。
▲▼ 鳥たち ▼▲
鳥をエンジンに打ち込むなんて動物愛好家から怒られるかも知れないが鳥たちも可哀想である。スタッフの誰かが近くの養鶏場へ行って要求値に合った鳥を数羽買って飼っておく。ただし、鳥の体重管理が必要である。耐空性審査要領で要求されている打ち込み時の鳥の重さを守らなければならないが、あまり鳥を太らせるとエンジンへのダメージも大きくなるから鳥の重さを軽くしないように、また重くしないように鳥の体重を管理するのである。
打ち込み本番の時は弾倉も狭いので鳥には静かになって貰うのだが手荒なことをしたのか、何か薬品を使ったのかは私は知らない。
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やっと本番の日がやって来た。心配した天気も良い。何時頃運転を開始したかは忘れたが11時頃だったろう。
このような歴史的な試験に従事しそれも栄えあるオペレーターとしてエンジンを運転できるなんて男冥利につきるが反面緊張の度合いがだんだんと高まっていくのが自分でも判る。
運転そのものは難しい操作では無いが私が一番恐れたのは緊張のあまり予定外のスロットル・レバー操作をしないかとの心配であった。
試験スケジュールではエンジンをスタート、アイドルで計器確認して静定後計測。スロットル・レバーをゆっくり進めて最大出力で静定、計測。終了後、鳥を打ち込む。打ち込んだ後、直ちにスロットル・レバーをアイドルに急減速する、というのが運転予定である。私の心配を運転総括者である航技研のN主任研究官にも伝えたところ、
「それでは、私が貴方の肩を叩いたら直ちにスロットル・レバーを引いて回転数をアイドルに戻してください」 との助言を得た。角田支所における環境試験ではこのN主任研究官には大変お世話になったが、この時も心のゆとりを得たようで今でも感謝している。
この試験ではわが国の航空界で名のある人もたくさん見学していたようだが本番のエンジン・スタートも順調でいよいよ鳥を打ち込む瞬間を迎えた。
FJR710エンジンを最高出力にセット、エンジン・パラメーターに異常なし。打ち込み装置、その他の監視装置の指示に異常なし。
"鳥打ち込み10秒前" 。エンジンの快調なバズ騒音 (ファンブレードの先端が音速を越えると発生する特有な回転音) を聞きながらN主任研究官のカウントダウンが始まる。
"・・・・5,4,3,2,1.発射" 。瞬間、エンジンから鈍い音がしたようだ。同時に肩を叩かれ、瞬時にスロットル・レバーをアイドル位置に戻す。計器に特に異常はない。やっとエンジンを見る。後部から白煙が少し見えるのはオイル系統が損傷を受けたのであろうか。アイドルで静定後、エンジン停止。停止後のエンジンも特に異常はないようだ。ホッとして運転指揮されたN主任研究官に "有難うございました" と安堵の気持ちを伝えた。
エンジンの周りでは多くの人がエンジン・インテークを覗いている。さすが粘っこい材質を誇るチタン製のファンブレードもひん曲がっている。
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